[MLより] なぜ精神障害を含めたのか?

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アメリカのリカバリーウォークなどは、アディクションのみ(その中でもアルコールと薬物のみ)を対象にしてるのに対し、なぜ日本の「リカバリーパレード」は、他のアディクションを含め、さらに広く精神障害一般、心の問題まで含めているのか?

時折そうした質問が寄せられます。準備会のメーリングリストでのやりとりの一端を紹介することで回答とさせていただきます。

以下MLでのIさんのメールより。

「ちなみに精神障害をなぜ入れているのですか?」という質問が出されていたので、準備会の流れを記憶しているかぎりで簡潔に書いてみます。

最初の段階では、「アディクション・パレード」という案が有力だったと記憶しています。昨年の初め頃のことです。これはおそらく、横浜アディクション・フォーラムの青空版・街頭版という発想で、構想だけはかなり以前からあったようです(今、「アディクション・パレード」という言葉を聞くと、何か奇異に感じます。アディクションの人たちの行進にどんな意味があるのだろう、回復者の行進だからこそ意味があると考えるようになったからです)。

ところが、10年ほどの実績をもつアメリカの「リカバリー・ウォーク」のキーワードは「リカバリー」であることが分かり、アメリカをお手本にするのがいいのではないかという流れが強くなりました。ただ、アメリカでは、AOD(alcohol and other drug problems)、つまりアルコールと他の薬物の問題という範囲になっています。

その後の準備会では、「では何からの回復とするのか?」というテーマで何回か議論がありました。最終的に(今年の2月頃かな)、「依存症、精神障がい、生きづらさ」から回復している本人、家族・友人、関係者、そして一般の賛同者が新宿に集まって、「回復」を喜び祝うパレードを行い、一般の人たちに回復の姿をアピールします」(RPのホームページ)というリカバリーパレードの趣旨が確認されました。

以上が簡単な経緯です。

(参考)

1.アメリカのあるウェブサイトで、およそ200種類あるアノニマスグループのうち、依存症関連は約2割にすぎず、残りは統合失調症とかそううつとかの心の病や、生き方の問題を扱っていると紹介していました。この事実はリカバリーの範囲を考えるときに役に立つと思います。

2.『和解と精神医学』(1989年、筑摩書房、森山公夫著)は躁うつ病と統合失調症について書かれた本ですが、著者の森山先生は、ウィリアム・ジェイムズの『宗教的経験の諸相』を引用しつつ、躁うつ病も統合失調症も霊的な病(森山さんは「きわめて人間的な病」と言ってますが)であり、簡単に言えば前者は自分へのとらわれ(我執)、後者は外界へのとらわれの病気であると述べています。そして、回復(解決策)するためにはそれぞれ、自分との和解(躁うつ)、外界との和解(統合)を経験することが必要であり、それは日向ぼっこのようなイメージの仲間との分かち合いが助けになると言ってます。私はこの本を読んで、日本のリカバリーパレードが心の病全般を対象にすることは適切であるとますます思うようになりました。

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